スイミングスクール

水曜日は長女がスイミングスクールに通っている。17時頃、濡れた髪で帰宅するのは寒かっただろう。これからは、辛い時期である。文句も言わず、エライものだ。


幼稚園児の長女を見ていると、決められたこと、与えられたことを「当たり前」「当然」もっと言えば「正義」としていると感じる。

プールを始める際、やりたいと言い出したのは長女である。しかし、4歳の決断にはそれほど力はないだろう。けれど、寒いから今日はやめておこうか、とはならない。その選択肢は初めからないようだ。大人であれば、仕事でなく習い事ならばありえるのではないか。

また、大人であれば楽しみとして選択肢のある「おやつ」も、今日はこれ、と。母である私から提示されるものを食べる。もちろん、何がいい?と聞くことはあるが、子どもにとって与えられるものが、全てである。

恐ろしいことだと、たまに思う。子どもの世界にとって、私たち親の存在感とは、と今更ながらに感じる。


今後、親の存在が小さくなっていき、たくさんの選択肢が出てくる中で、誘惑に負けないでほしい。

まずは私自身が正しく生きなければと思う。

なかなか難しい。